牧田合戦

付近住所 岐阜県養老郡養老町橋爪


 大永5年(1525)江州小谷城主浅井亮政は、牧田に陣を構えた。これに対して美濃国守護土岐頼芸は、栗原山に軍を進めた。8月2日両軍は栗原・別所・橋爪・牧田付近で激戦を交えたが、勝敗のつかぬまま両軍とも引き上げてしまった。これを牧田合戦という。
 この戦いで、大墳城主丸毛兵庫頭の一族は奮戦して、大手柄を立てた。稲葉備中守道則は、その子5人と共に討死してしまったので出家していた末子が還俗して稲葉家を継いだ。この人が、勇将と称えられた稲葉一鉄である。